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第一回 白樺湖の成り立ち   

昭和38年に建立された「守矢翁頌徳碑」が立つ。
この頌徳碑の裏面には、太平洋戦争の直前から直後にかけて、ため池を築造した当時の経緯が刻まれ、白樺湖築造にかけた地元の人たちの情熱を今に伝える。
それによると、地元柏原区の守矢仁作が昭和10年夏、一緒にここを訪れた控訴院判事の「このゆるやかな音無川の流れをせき止めると農業利水として又養魚観光としても開けるのではないか」という言葉に共鳴、ため池築造の準備に入った。
昭和13年に池の平耕地整備理事組合を設立して自ら組長に就任。昭和15年、県営事業として着工したが、「たまたま大東亜戦争の災いにあい工事は遅々として進まず昭和19年物価高騰により工事費の予算は終わり県は工事を廃止」してしまう。
このままではそれまでの苦労が水泡に帰す、というこで守矢は善後策を県に要望するがかなわず、「役員一同の協力を得幾多の障害を克服し、柏原区の総意も以って工事の完成に向かって力を尽くされ昭和21年11月遂に之が完成を見た」と記されている。
この碑文を見る限り、白樺湖は築造当時から農業水利用ばかりではなく、養魚業とそれを基にした観光まで見通していたことは容易に想像できる。

※抜粋:長野県土地改良事業団体連合会